ハロアルブログ

ハロアルブログへようこそ! このブログでは私の歯科医師としての立場から歯の大切さと、私が行っているフィリピンへの医療活動を通して、日々社会について感じたことを綴っていきたいと思っています。

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やさしさ

長野市に住んでいる女性からフィリピン医療ボランティアに使うタオルとお手紙をもらいました。

私は講演会やエッセイを書くときに”今の日本はおかしい”ということをよく書きます。

この女性も全く同じ考えだそうです。ことに教育に問題があるのではないかと指摘しています。

   教育といっても学校教育だけでなく家庭教育も社会から受ける教育も大事です。

   人生観、人との接し方、食の理念を踏まえてその人の”道”を形成します。

   もし、やさしさがといていない教科書を読めば優しさを知りません。

   日本は物質的に豊かでも見方によっては物質に支配されているともいえます。

   物に振り回され、人間としての動物的な営みに欠けてはいないでしょうか。

   コンビ二は24時間開いていて、休む間もありません。

   情報も多く、それに流されている感じがします。

   こういう社会ではおもいやりや、優しさが育つわけはないので す。

   私は日本が好き、日本人の感性がすき、美しい日本に誇りを持っています。

   戦争を放棄した素晴らしい国なのに、勝つか負けるか、損か得かなどと、自分にしがみついている人  ばかりです。

   私は自分を大切にすることが思いやりの根っこだと思います。自分を大切にしている人は自然と他人を大切にします。

   先生が言うように「日本に生まれたのは変えられないですね」。

   どんな国に生まれたとしても感動する、嬉しい、楽しい、感謝するという心の動きは同じです。

   何億年かかっても、世界中で幸せを共感できる日が着たらいいなと思います。こう結んでありました。

私はとっても嬉しく思いました。ですからこの文章をそのままここに転記させてもらいました。

フィリピン医療ボランティアはこういうやさしい人たちに支えられていることを心から嬉しく思います。そしてこれからも頑張っていこうという元気が出てきます。

皆さんも気付いたことがありましたらどんどん意見を聞かせてください。


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不思議な力

ボランティア活動をしている人にこんな話を聞きました。

「ボランティアをしていると不思議な力がありますね。自分で思っていないようないいことやとてもそんなこと出来ないのではないかと思っていたことが出来てしまい、不思議を感じることがある」というのです。

私も同じような経験をして不思議を感じました。

どんなボランティアに参加した時でも経験がないのにいい結果が出る不思議、ボランティアを通して自分自身を素直に見返ることの出来る不思議、普段なら自分が話しても耳を傾けてもらえることが少ないのにそのボランティアのことを話すときはみんながよく聞いてくれる不思議・・・・などです。

おそらくボランティアというのは誰にでもそういう不思議な力を発揮してくれるのではないでしょうか。

ですから、沢山の人たちにボランティアを経験して欲しいと思います。

ボランティアは難しいことは全くありません。

「困った人の手助けをすること」ですから出来ることを、自分の出来るだけ、協力をすればよいのです。

ここからが実はとっても重要なことです。

この経験を周りの人に話してください。

そうすることでこの活動が広がりを見せるはずです。

また、その時、決して自慢げに話さないで欲しいと思います。そんなことでせっかく協力しようと思う人の気持ちをくじいて欲しくないからです。

また、人に話すことによって、そのときは自分では良かれと思ってやったことでも人に話してみると、もっと違うことをしたほうがよいことに気付くことがあります。

それを次の機会に活用すればよいと思います。

よしんばあまりやってはいけないことをしてしまったとしても、それはそれでその時はベストだと信じてやったのですから仕方ありません。

そんなときでも不思議なことにたいした問題にならないですむはずです。

それがボランティアのよいところです。

もうひとつボランティアは優しさや素直さを取り戻してくれる不思議な魅力を持っています。

そういう面を重視して学校教育で、社会貢献と人間らしさや優しさを育成するためにボランティアを授業の一環に取り入れているのではないのでしょうか・・・・。
 

デンマークのお土産話

5月に引き続いて今月もデンマークに来ることが出来ました。

前回来たときは5月の中旬だというのに寒くて寒くて大変でしたが、今回はたった一ヶ月しか違わないのに真夏のような日差しで驚きでした。
こういう激変はやはり地球温暖化の影響を受けているからなのでしょうか。

こういうことを通して自分の人生を考えることができるような気がします。

私は30年間歯科診療をしてきましたがその時々の治療の激変するはやりに流されないでいつも“患者さんの歯を一生守っていこう”と思ってやってこれたことを誇りに思います。

歯を悪くしてしまい、頭の部分がなくなっていたり、根の先から膿が出ていたり、はれている歯を残すことは大変です。ことに歯周病で歯がグラグラしている場合にはどうしたらよいか困ってしまうことがしばしばあります。

そんな時、この最悪の状態になった歯を残す努力をするからほかの歯を残す気持ちになってくれるのだと思いますが、それでも容易なことではありません。

どんなに痛い歯であっても症状が落ち着くと患者さんの顔には安堵の色が浮かびます。このとき“歯医者でよかった”とつくづく感じます。この喜びがあるから大変なことがあってもこの仕事を続けられるのだと思います。

それからこれが一番大事なことですが「私は基本的に人を好きだからなのだと思います。こういう性格に育ててくれた親に心から感謝です。

6月12日にドイツのキールという町からコペンハーゲンに戻るインターシティーという大陸横断鉄道の車内で笑顔の素晴らしい年配の車掌さんに出会いました。

“笑顔が素敵ですね”と声をかけると、“サンキュー”と、さらに素晴らしい笑顔で答えてくれました。

この車掌さんにどうしてそんなに素晴らしい笑顔でいられるのか聞くと、「人に喜ばれるのが好きだからだ」と、答えがかえってきました。

はるか日本から離れた地で、私も「そうなりたい」と心から思うのした。

実るほど頭を垂れる稲穂かな

先日東京のレインボータウンfm放送ですごく良いことを言っていました。

国会議員が移動するとき、「グリーン車だけど、どうなのか」ということでした。

どんなに普通車が空いていてもそこに乗ることはありません。普通車に乗れば親しみが持てる上に、市民がどんなことを悩み、何をしてもらいたいか生の声を聞くことが出来るよい時間のような気がしますがどうなのでしょうか。

法律や国民の幸せを考える立場の人ですからそれが当然だと思いますがそういう代議士さんに会ったことがありません。

国会議員は“忙しいから”、“疲れているから”というのなら、それは国民だって同じです。みんな一生懸命働いて頑張っているのです。そして所得に応じた税金を払い、その税金の中から代議士さんの給料や交通費が出ているのではないでしょうか。

だからといって、「グリーン車に乗れることを感謝しろ」なんていう気持ちは全くありません。むしろもっといい車両があったら乗って欲しいくらいです。それは代議士の先生方の苦労をよく知っているからです。そしてその苦労に対して感謝しているからにほかなりません。

“実るほど頭を垂れる稲穂かな”という理があります。

そういう代議士さんが増えれば増えるほど、風通しのよい政治が出来るのではないでしょうか。税金が沢山使われているにもかかわらず、事務所費に説明のつかない経費を計上して最後は物言わぬところに旅立つような大臣が今後絶対出てほしくありません。

確かに今の社会は混沌として愉快なことが少ない社会です。だからこそ、一番上に立っている代議士の先生方が国民と同じ目線になる努力が光るのではないでしょうか。

世直し

 今の日本はちょっとおかしいですね。

 ニュースを見ると“尊い命”がいとも簡単に失われる話が多すぎます。しかも普段一緒に住んでいる人の間で起こるのですから信じられません。

 どうしてこんなに簡単に命が扱われてしまうのでしょうか。

 日本が豊かになりすぎ、生きることの大切さや社会の中で生きていくことの楽しさを見失っているからではないかと思います。

 先ごろ東京の太陽歯科衛生士専門学校に講義に行ってきました。

 “食べること”は“生きること”ということを中心に、私が医療ボランティアをしているフィリピンのことを紹介しました。

 フィリピンでは経済的に恵まれない人たちの多くは食べることが精一杯で、住居、衣服、日用品などにお金はかけられません。

 病気になったとき病院にいくという発想は恵まれない人の多い国ではありません。病気になっても治るのを待つか、死を待つだけです。

 それならば病気にかからないようにしたらどうかということになります。

 その通りです。

 予防に勝る治療はありません。けれどもこういう国ではそれが出来ないのです。食べることさえ出来なのですから、予防だけでなく、食べ物のバランスだとか、体によくないからということを考える余地がありません。

 どんなものでも“今”を生きるために食べるだけです。

 ところが自分が生きることに精一杯のはずのこの国では尊い人の命を絶つようなことは極めてまれです。

 自分が生きることさえ精一杯なのに、どこかで食べ物を手に入れたとしても自分だけで食べてしまうようなことはしません。家族全員でそれを分けて食べるのです。

 ですから醜い争いは起こりません。

 この話を聞いた生徒さんは改めて日本の豊かさと、この国に生まれてよかったこと、そしてフィリピンの恵まれない人たちに一本でも多くのハブラシをと言ってくれました。

 “やさしい心”や、“思いやり”はいま、日本で起こっている悲しい事件の反対側にあるものです。

 皆さんもこのフィリピンを真似てみませんか・・・・。

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